What is MEMS?

What is MEMS?

ラボ教員らが中心となって策定した応用物理学会の発展史マップ(クラスタ13)の説明文を再掲します。(In Japanese only)

出典:年吉 洋、「マイクロ・ナノメカトロニクス(アカデミック・ロードマップと発展史マップ)」 第46回応用物理学会特別企画シンポジウム・応用物理学の将来ビジョン、東海大学湘南キャンパス、TB会場、2010年3月18日.

13 マイクロ・ナノメカトロニクス技術 発展史マップ説明資料

マイクロ・ナノメカトロニクス技術クラスター
応用物理学会・集積化MEMS技術委員会(編)

13−1.マイクロ・ナノメカトロニクスの起源

マイクロ・ナノメカトロニクス技術の歴史は古く、その発端はR. Feynmanが1959年にカリフォルニア工科大学で行った講演 “There’s plenty of room at the bottom” にあると言われている[13-1]。この講演の中で、Feynmanはコンピューターの小型化・高速化の可能性や、自動機械を用いた自己複製による機械の小型化、原子操作による画像ビットマップの形成と、それによる百科事典の縮小フォトコピーの可能性など、10項目の斬新な提案を披露している。特に注目すべきこととして、同氏は直径64分の1インチの大きさでモーターと、縮小フォトコピーによって超小型マイクロフィルムの製作に成功した者に1000ドルの懸賞金を出すと宣言した。縮小コピーの懸賞は、スタンフォード大学の大学院生Thomas Newmanが電子ビームを用いて小説「二都物語」(Charles Dickens “A Tale of Two Cities”)の最初のページを160分の1ミリメートルの寸法での縮小に成功した1985年まで、およそ四半世紀の時間を要した。

一方、マイクロモーターの方は、Feymnanの講演の翌年にあたる1960年に、技師William McLellanによって簡単に実現されてしまった。ただし、同氏のモーターは小型の電磁スターラーの上で磁性体のローターが回転するものであった。彼が本来意図した形での超小型モーターの出現は、1989年のUCバークレーの研究グループの成果を待つ必要があった[13-23]。同グループではシリコン系の半導体微細加工技術を応用して、多結晶シリコン製の構造とシリコン酸化膜性の犠牲層プロセスにより直径120ミクロンの可動ローターを製作した。また、ロータの周囲に静電駆動用の電極を配置することで、印加電圧の静電引力によって回転する機構を実現した。また、この構造にいたるまでに、静電マイクロモータに関する理論的考察[13-18]や、ピンジョイント型の回転機構[13-19]の考案、吹き付けたガスによって回転する3連のマイクロギヤ・チェーン[13-20]などの予備実験を行っている。この発表が契機になり、半導体基板面上で面内方向に機械的変位を発生する櫛歯型静電アクチュエータや[13-24][13-29]、メンブレン(膜)型のマイクロ駆動機構に関する研究成果が相次いで報告されている。

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13−2.シリコンマイクロメカトロニクスからMEMSへ

MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)という用語が提案されたのも、このころである。また、MEMSが学会名として最初に起用されたのは1989年にIEEEのRobotics and Automation Councilが米国ソルトレークシティで開催した会議 Micro Electro Mechanical Systems – An Investigation on Micro Structures, Sensors, Actuators, Machines and Robots – が最初である。MEMS分野が半導体部門ではなく、ロボット部門から出発した点が興味深い。また、この分野における最初の国際ジャーナルである、IEEEのJournal of Microelectromechanical Systemsでは、その第1巻第1号の巻頭に、先述のFeynmanの講義ノートが再掲されている[13-1]。この論文は平易な口語調で書かれており、同氏の人柄まで分かる文体であるため、初心者には是非一読を勧める。

Feynmanの講演から「MEMS」の登場までの四半世紀にも、半導体分野や化学分野におて萌芽的な研究開発が進められてきた。たとえば、豊田理化学研究所では1958年に五十嵐伊勢美博士がシリコン製の半導体歪みゲージ効果を発見し[13-2]、その後、ピエゾ抵抗効果を利用した加速度センサ[13-9]をはじめ、数々のセンサ開発の先駆けとなった。また、シリコンのマイクロマシニング(微細加工)分野においては、1959年に単結晶シリコンの結晶異方性を利用したウェットエッチングの方法とエッチングレートの結晶面依存性に関する報告がある[13-3]。

マイクロマシニングは半導体プロセス技術の発展に後押しされて研究開発が進められてきたこともあり、1980年中盤以前の内容はシリコンの異方性ウェットエッチング・プロセスによる試作例(バルク・マイクロマシニング)が多く、その後は多結晶シリコンの薄膜形成プロセスを応用した研究例(表面マイクロマシニング)が増加した。特に米国では、DARPAプロジェクトによって表面マイクロマシニングに関する標準プロセスMUMPs(Multi User MEMS Processes)が立ち上げられ、1990年後半から2000年にかけて大学研究者がファブレスのMEMS研究に積極的に利用した。この間に発表された数々のMEMSデバイスは、あたかもカンブリア紀の生物種大爆発を見るかのように、その多彩さに驚かされる。

13−3.MEMS分野のバイブル

この分野でFeynmanの講演の次に有名な論文として、K. E. Petersenの “Silicon as a mechanical material” [13-10]を忘れるわけにはいかない。この論文は、著者の研究成果を含め、当時のバルクマイクロマシニングによる様々なデバイス試作例が報告されたレビュー論文であり、同時にシリコンの機械的弾性特性を検討し、シリコンを機械の材料として考察を加えた論文である。この論文はMEMS開発史としては極めて初期の1982年に発表されたにも関わらず、シリコンウエハ上に製作したマイクロ流体チャネルによるクロマトグラフィー[13-8]や流体バルブ、接点開閉式のリレー[13-7]、微小ミラーアレイによる画像表示器、インクジェット・プリンタのノズル、光ファイバと光学部品の位置合わせ機構など、現在のMEMS製品の原型となるさまざまな試作例が報告されている。たとえば、ヒューレット・パッカード社のインクジェット・プリンタヘッドのMEMS版(1996年)[13-41]と、当時のノズル1チャンネルの構造を比較すると興味深い。このPetersenによる論文もまた、企業でMEMS開発に携わる方には是非一読を勧めたい。シリコンの異方性ウェットエッチングは結晶の異方性を利用しているために、RIE技術を駆使した現在のMEMSプロセスよりも設計自由度が低い。それにも関わらず、アイデア次第で多くのデバイスが実現できるという点で、いまだに学ぶべき点の多い論文である。

バルクマイクロマシニングはシリコンの結晶異方性を利用したものであるため、最終形状に適したマスクパターンの予測が難しい。初期の試作例では図式計算と経験に頼っていたが、それでもウェットエッチングと基板の貼り合わせプロセスだけで数多くの3次元構造を実現している[13-14][13-15][13-27]。現在では、シリコン異方性エッチング専用の3次元CADも開発されており、比較的容易に高精度の設計ができる。バルクマイクロマシンの初期の時代には、シリコンの脆性が懸念されていた。単結晶シリコンは結晶異方性による劈開が可能であり、過度な応力を加えると割れてしまう。ただし、シリコンをマイクロ化することで、部材表面における応力の絶対値はスケールに比例して低下する。しかしながら、電子顕微鏡の中でシリコン製のカンチレバーに外力を与え、通常厚みのシリコンウエハからは想像が付かないくらいに柔軟に曲がる様子が実験的に示された後は[13-21]、シリコンの共有結合の方がクリープしやすい金属よりも信頼性が高いとして、かえって高く評価されるようになった。また、シリコンと同様に水晶(単結晶の石英)も結晶異方性を利用したバルクマイクロマシニングが可能であり[13-13]、チューニング・フォーク型の水晶振動子や、それを用いた加速度センサ[13-25]、ジャイロスコープ[13-28]などが試作されている。シリコン、水晶だけでなく、他のシリコン系材料や種々の金属材料に関しても、ウェットエッチング、ドライエッチング選択性に関する網羅的な報告があり[13-40]、MEMSを材料・プロセスからボトムアップ的に設計する際に役立っている。

MEMS技術は半導体微細加工技術から派生したものであるため、初期の段階から集積回路とマイクロメカニズムの融合が進んでいる。たとえばミシガン大学では、神経電位を計測するマイクロプローブと計測回路を集積化したデバイスを1991年に報告している[13-34]。それに先立つ1974年には、同グループから神経プローブの基本となる技術として、イオン検出型のFETセンサの開発報告がある [13-5]。この技術はその後、日本の東北大における血液pHセンサ[13-22]や、より高機能な集積化MEMS版の神経プローブアレイ[13-48]への研究に繋がっている。

MEMSという用語が出現する前にすでに、事実上のMEMSデバイスが試作されていた他の例をいくつか続けて挙げてみたい。たとえば、1967年に米国Westinghouse社が報告したResonant Gate Transistor(RGT)は、半導体プロセスで製膜した材料間のエッチング選択性を利用して、下地のレイヤー(犠牲層)を除去し、上の構造を機械的に可動部とする犠牲層エッチング技術の最初の試作例である[13-4]。このデバイスは、電界効果トランジスタのゲート部分を中空に浮かせて、外乱によるゲートの振動をチャネル電流の変化として読み取ろうとするものである。あるいは、ゲートの上下動によって閾値電圧を変化するデバイスとしても提案されている。電界効果トランジスタの界面が空気中にむき出しになっているためデバイスとしての安定性には疑問が残るが、同様の犠牲層エッチングによって機械構造を製作する手法としては、1989年のバークレーの静電モーターよりも20年以上早いことに驚かされる。

同じくWestinghouse社のグループからは、一辺50ミクロンのアルミ/シリコン窒化製のマイクロミラー・アレイの試作例が1975年に報告されている[13-6]。しかも、このデバイスの利用法として、空港の離発着案内ディスプレィのような高度なデモンストレーションが報告されている。テキサスインスツルメンツ社がDMD(Digital Mirror Device)の初期の試作例としてアナログ的に撓むメンブレン型のミラーを報告したのが1983年[13-11]であることを考慮すると、前者の取り組みの先進性が理解できる。1975年当時には、当然のことながら集積回路によるマイクロミラーの制御は行われていない。その代わり、ミラー・アレイを真空管の中に配置して電子ビーム走査によってチャージアップを意図的に起こし、その静電引力によってミラーを機械的に傾斜させ、透明基板の外側から光を当てて反射像を得る方式が採用されている。すなわち、ブラウン管とMEMSのハイブリッド型のソリューションであり、その時代の最先端の技術を組み合わせて実現したところが興味深い。

13−4.表面マイクロマシニングから再びバルクマイクロマシニングへ

表面マイクロマシニングの分野においては、テキサスインスツルメンツ社のDMD画像プロジェクタ[13-17][13-45]以外にも、アナログデバイス社の加速度センサ[13-31][13-32]が代表的MEMSとして有名である。外界から加わる加速度をチップ上に宙吊りにした「重り」で受けて、その変位を静電容量の変化として検出するものである。集積回路を先に作っておいて、あとからMEMS構造を追加工する手法は、現在のCMOS-First型集積の原型となっている。現在では3軸までの複数方向の加速度を検出するチップがモノリシック化されており、車載エアバッグの制御などに広く利用されている。他社製の加速度センサはTVゲームのコントローラーに搭載されており、また、最近ではカーボン・コンデンサマイクに代わるMEMS型のシリコンマイクロフォン[13-43]が携帯電話等に採用されるなど、すでにMEMS技術は知らないうちに一般家庭のコンシューマ・エレクトロニクスとして普及している。開発途中ではあるが、プローブ型顕微鏡をMEMS技術によってアレイ化し、データストレージに応用する研究も進められている[13-52].

シリコン系以外の表面マイクロマシニング技術もさまざまな試作例が報告されている。たとえば、アルミ薄膜をリボン状に加工して、静電引力によって撓ませることにより、可変グレーティング方式のライトバルブ(光の強度変調器)として利用する方法が報告されている[13-37]。この方式を用いた画像プロジェクタは、2005年の愛知万博で、巨大スクリーン(2005インチ)型のレーザー画像ディスプレイとして展示されていたことは記憶に新しい。また、バイオ系MEMSではシリコン以外のマイクロ構造を多用した専用のツールの開発が盛んに進められている。その発端となった研究は、1990年に発表された、微小流路や微小チャンバの中で化学反応を制御して効率よく材料開発を行うμTAS(Micro Total Analysis System)の概念の提案である[13-30]。この概念は、DNAの電気泳動を行うマイクロチップ[13-36]や、プラスチック材料のひとつであるPDMSにμ流路を転写してμTASチップを量産し、効率よく実験を行う方法の提案[13-46]に引き継がれている。また、生体分子とMEMSの融合研究も進められており、リソグラフィーによるパターン上で生体分子モーターを駆動した報告[13-49]や、同手法をエンジニアリングして微小物体の物理化学的搬送に用いた研究[13-50]など、現在のバイオMEMS研究分野を形成する成果に繋がっている。

半導体プロセスは別名プレナー型プロセスとも呼ばれ、仕上がったMEMS構造は圧力センサのメンブレン[13-12]のように平らなものが多かった。ところが、1996年のPisterらによる論文では、多結晶シリコン2層と犠牲層2層を組み合わせることで、基板表面に蝶番構造が製作可能であることが示されている[13-35]。これにより、平らな多結晶シリコン製の構造を3次元的に引き起こして、立体的な構造を形成することが可能になった。たとえば、3次元マイクロ構造とマイクロアクチュエータを組み合わせて、シリコン基板上でXYZステージを試作した例が報告されている[13-44]。また、同様の手法を用いて、1000×1000もの入出力ポートを有した大規模光クロスコネクト用のマイクロミラー型光スキャナが試作され、製品化された[13-51]。

多結晶シリコンを用いた表面マイクロマシニングでは、複数のレイヤを用いた複雑な2次元、3次元構造を実現することができる。ただし、多結晶シリコン表面には結晶粒界によるざらつきがあり、また、薄膜を貼り合わせた構造特有の温度変形がある。このため、光MEMS分野などでは、バルクより厚く、かつ、アスペクト比の高い構造(High Aspect Ratio Micro Structure = HARMST)を追究する研究開発が進められた。その一例が、X線リソグラフィーによる厚いレジストの感光・現像と、それを鋳型にしたメッキ構造の製作である。この技術は、開発元でのドイツ語の名称(lithography, galvanoforming, and plastic moulding)の頭文字をつなげてLIGAプロセスと呼ばれている[13-16]。LIGAプロセスには直進性のよいX線を出すシンクロトロンが必要であったため、より簡便に高アスペクト比のモールドを形成する技術として、紫外線露光が可能な厚膜レジスト(SU-8)も開発されている。一方、シリコン系マイクロマシニングにおいては、ドライエッチングと側壁保護を時間を分割で交互に行うことにより、アスペクト比の高い孔や溝を形成するBOSCHプロセスが1996年に開発されている[13-39]。通称DRIE(Deep Reactive Ion Etching )と呼ばれるこの技術によってシリコン・マイクロマシニングの製作方法が一変し、現在では厚み500ミクロンを超えるシリコン基板に貫通孔を形成したり、また、貼り合わせ単結晶基板の両面を加工したMEMSデバイスが数多く開発されている。半導体系以外のMEMS技術として、放電加工を微細なワイヤで行うことにより100ミクロン以下の構造体を高精度で製作する技術も開発されている[13-26]。

マイクロ・ナノメカトロニクスの歴史はプロセス技術の歴史でもある。シリコン高アスペクト比DRIEやナノインプリント・リソグラフィー[13-38]などの新しいプロセスが開発されるたびに新たなマイクロアクチュエータ機構、センサが開発され、研究領域を広げていった。また、より高性能のアクチュエータ機構、センサを追求するためにプロセス技術が改良され、それらを統合的に設計・解析するツールの研究開発もこの分野の初期の段階から進められている[13-33][13-47]。現在のマイクロ・ナノメカトロニクス分野は、材料、プロセス、機能集積化、アプリケーションなどのさまざまな立場の研究者・開発者が関わる分野融合型の研究領域となっている。特に、アプリケーションの観点からは、マイクロ流体制御、バイオ細胞操作、神経電位計測プローブ、生体とメカの融合などのバイオMEMS分野や、光ファイバ通信[13-42]、光ファイバ内視鏡、画像プロジェクタ[13-37] [13-17][13-45]、分光器などに代表される光MEMS分野、マイクロ波スイッチや各種周波数フィルタ、可変容量などに代表されるRF-MEMS分野などがMEMS研究を牽引してきた。また最近では、分散型センサネットワークへのエネルギ供給手段として、環境の振動や太陽光、燃料物質から発電するパワーMEMSの分野がグリーンテクノロジーの観点から注目されている。アプリケーションの観点からマイクロ・ナノメカトロニクスの歴史を眺めれば、この分野の技術は工学と科学の基盤技術として、これからも広い分野に浸透していくことが納得できよう。

13−5.最新情報は国際会議で

参考文献には、マイクロ・ナノメカトロニクスを牽引してきたと思われる論文を掲載した。極力、その元となるオリジナルなアイデアが出された当時の原著論文に近いものを選んだつもりではあるが、如何せん分野横断的な研究領域であるため、限られた紙面での網羅は大変難しい。そこで、この分野にはじめて取り組む読者、若手の大学院生などには、参考文献リストの古典に触れると同時に、積極的に最新情報を得るために国際会議やその抄訳会に参加することを勧めたい。たとえば、IEEE系のMEMS国際会議(Int. Conf. on Micro Electro Mechanical Systems)は毎年開催され、TRANSDUCERS(Int. Conf. on Solid-State Sensors, Actuators and Microsystems)、および、APCOT (Asia Pacific Conference on Transducers and Micro Nano Technology) は隔年で開催されている。その他、専門分野では、光MEMS関連のIEEE/LEOS Optical MEMS and Nanophotnics や、バイオMEMS関連のμTAS、国際会議Power MEMSなどが世界各地で開催されている。そこで披露される最新技術や著名研究者による招待講演には、まだ本人すら気付かないヒントがふんだんに詰まっている。自分自身の研究に水平展開可能な技術・ノウハウを、必ず拾い上げることができるだろう。

参考文献


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